原晋監督の妻が明かす、青学大のルール「配膳・掃除当番は平等」「箱根駅伝を走る選手も過保護に扱わない」チームの結束力を強くする“寮生活のヒミツ”
2026年1月3日
今年も箱根駅伝が開幕した。昨年、大会新記録で連覇を果たした青山学院大は、どのような王者の走りを見せるだろうか。
原晋監督、そして学生たちを支えるのが、寮母を務める原美穂さんだ。寮母という立場から青学の強さの秘密を解き明かす、
原美穂さん著『フツーの主婦が、弱かった青山学院大学陸上競技部の寮母になって箱根駅伝で常連校になるまでを支えた39の言葉』
(アスコム刊)から、「寮生活のヒミツ」に関する章を抜粋して紹介します
箱根を走れる選手が偉いわけではない、生活では平等である。
人によって対応を変えずに、一人ひとりが主役である環境をつくります。
ひとつの大学で、箱根駅伝を走れるのは年に10人だけです。箱根を目指して練習を積んで、
それが叶わなかった部員は、箱根駅伝当日はサポート役に回ります。勝負事ですから、1年生が走り、
4年生がサポートをすることもあります。
箱根を走る以前に、自己ベストタイムを見れば、1年生が4年生を上回ることも珍しくありません。
そのあたりは、陸上をやっている学生が一番よくわかっています。
下級生に抜かされることがある現実を、わたしより彼らはよく理解しています。
一方で、部内は年功序列で、キャプテンは4年生から選ばれます。寮の中でも年功序列で、寮長も4年生から選ばれます。
上下関係はあまり厳しいほうではないと思いますが、4年生が全員を引っ張ります。
速く走れる子を過保護に扱うことはしない
寮は現在、二人部屋です。1年生は必ず上級生と同じ部屋に入って、寮生活のすべてを教わります。
生活の部分では、上級生が下級生に教える仕組みができているのです。
だからきっと、速く走れる下級生が上級生に対して偉そうな態度を取るようなことがないのだと思います。
タイムでは上回ることがあっても、生活の部分では上級生に教わることが多いからです。
それでも「俺は速く走れるから」と天狗になるような下級生がいたら、わたしはきっと注意しますし、
監督もほうってはおかないでしょう。
タイムという数字で順位がついてしまうのが陸上競技です。生活面でも彼らがそれにこだわりすぎないようわたしが
気をつけていることといえば、「人によって、対応を変えない」ことです。速く走れる子だけを過保護に扱うことはしません。
配膳や掃除の当番はみんなが同じように担当します。速く走れる子は掃除が免除される大学があると聞いたことがありますが、
この寮ではそういった差はつけていません。4年生も1年生も区別しません。
みんなで暮らす場なのだから、当番はみんなに同じように当たるようにしています。
こういった仕組みをつくってきたのは、この寮を巣立っていった学生たちです。
差し入れでいただいたものなどは、タイムはもちろん、学年も問わず、早い者順で分けていきます。
たとえばいただいたジュースなどを食堂に置いておくと、早めに受け取りに来た下級生がマンゴーなど人気の味を確保し、
あとから上級生がやってきたときには、不人気の味のものしか残っていないことがあります。
4年生でエースだった一色君が「あ、俺の好きなものがもうない」とか言っています。でもそれは、遅く来たほうが悪いと言うより、
早く来たほうが賢いのです。
同じ学年の中に“上下関係”を生まない
速く走れることは偉いこと、そんな認識ができてしまったら困るなと思うのは、上下関係がねじれるからでもあるのですが、
それよりも、同じ学年の中に上下関係ができてしまい、同級生同士の間に遠慮が生まれてほしくないからです。
生涯の友人は、小中学校、高校のときのクラスメートよりも、大学時代に密に接していた友人だという人は少なくないと思います。
ここで暮らしている彼らには、寮の同級生が生涯の友人になるはずです。
そう考えると、寮やチームの一体感どうこう以前に、わだかまりはあってほしくありません。
そう考えてわたしなりに努力してきたつもりでしたが、見落としていたこともありました。
先ほどジュースの話で出てきた、一色恭志君という子がいました。
高校時代から注目されていた子で、今思うと、入学してきた時点で同級生から一目置かれる存在だったと思います。
1年生で出雲、全日本、そして箱根のメンバーに選ばれる実力の持ち主で、2年生のときには箱根のエース区間2区に抜擢されて
期待に応え、優勝に貢献しています。
陸上への意識が高く、結果もきちんと残す。下級生はもちろん、同級生からも尊敬される子でした。
ただ、あとで聞いた話では、周りは自分のようにストイックではないと感じていた一色君と、
一色君のようにはできないと思う同級生との間で、ちょっとした衝突もあったようです。
ただ、一色君はふだんは感情を表に出さず、それほど口数が多いほうでもないので、わたしはそのことに気づいていませんでした。
“青学のエース”が泣いた理由
その一色君が涙を見せたのは、4年生として出場した出雲駅伝で優勝したあと、テレビのインタビューを受けていたときのことでした。
出雲駅伝は三大駅伝の最初に行われる駅伝で、4年生にとって最後のシーズンの幕開けとなる重要な大会です。
わたしはその日、寮の食堂で、出雲に遠征しなかった学生と一緒にテレビで観戦していました。
優勝が決まり、アンカーとしてゴールテープを切って優勝した一色君は、タスキをつけたままインタビューにいつもどおり淡々と
答えていました。その彼の表情が、インタビュアーから最上級生としての役割について質問を受け、
「4年生として……」としゃべり出したとたんに歪み、その目からは涙がこぼれ落ちました。
泣きながら、おえつをこらえながらインタビューに答えています。
寮の食堂は、それまでのざわざわした雰囲気が一転し、静まりかえりました。あの一色が、泣くなんて。
押し黙ったまま、誰もがそう思っていたに違いありません。
この日を境に、4年生の結束は強くなった
一色君が泣いたのは、うれしかったからでした。彼は入学以来、下級生として上級生の中に入って走り、いい結果を残してきました。
けれど彼は、最上級生となった今度は、やはり同級生と走って成果を出したかったのです。この出雲駅伝では、アンカーの一色君の前を、
同級生でキャプテンの安藤悠哉君が走り、その前をやはり同級生の茂木亮太君が走っていて、一色君には、1位でタスキが渡っていました。この代は、最強の学年として注目されていた1学年上の神野大地君、久保田和真君、小椋裕介君たちが卒業し、
残された最上級生として相当大きなプレッシャーを受けていたのでしょう。
あんなにクールで、大きな大会を何度も走っている一色君でも、同級生とタスキをつないで勝ちたいと強く願っていたこと、
それを特別なことだと考えていたことを、同級生はこのとき改めて知ったのでしょう。
この日を境に、4年生の結束はこの上なく強くなりました。そしてこの4年生が率いたチームが、
駅伝三冠、箱根三連覇という偉業を成し遂げたのです。
箱根のたすきはたすきだけでは見えないものがあるのですね